MY TOWN  金沢/金沢城祉・兼六園 

 地域を代表する史跡、金沢城公園と兼六園

金沢城公園

金沢城公園
石川門 (重要文化財)

五十間長屋
・金沢城祉

 金沢城は金沢平野のほぼ中央、犀川と浅野川にはさまれた小立野台地に位置しています。
 典型的な平山城で、櫓を多用した構造になっています。また、瓦には冬の積雪に耐えられるよう軽量に作られて、有事には鉄砲弾にもなる鉛瓦が用いられていました。

 建築当初は本丸・二の丸・三の丸があったそうですが、火災での焼失後は二の丸を藩主の居所として天守は再建されませんでした。

 城の周囲には、大手堀、いもり堀、百間堀、白鳥堀がありましたが、現存するのは大手堀のみです。他の堀は埋め立てられて道路などになっていましたが、いもり堀の復元作業が行われて2010年4月に再び水が張られました。

 金沢城の周囲には城下町が広がり、現在でも多くの歴史的な建造物が残されています。
 また、美術館や博物館も多く、金沢城を訪れた際には兼六園だけではなく美術館、博物館めぐりをしてはいかがでしょう。

・金沢城公園

 戦後、この敷地を金沢大学がキャンパスとして利用してきましたが、1996年石川県は国から城址を取得して金沢城址公園として整備を始めました。
 2001年には菱櫓・橋爪門・橋爪門続櫓・五十間長屋の復元完了して名称も金沢城公園とされました。その後の改修で河北門と、いもり堀も復元されて、2008年には国の史跡に指定されています。
 なかでも、金沢城石川門は重要文化財に指定されています。

兼六園


兼六園

ことじ灯篭園

雪吊り

内橋亭


写真提供 金沢市
・兼六園

 金沢城の庭園として造られ、13代藩主前田斉泰の時代に現在の形が出来上がり、名称も「兼六園」と決められました。
 江戸時代を代表する庭園であり、岡山の後楽園、水戸の偕楽園と共に日本三名園に数えられます。
 1985年特別景勝に定められて、金沢を代表する観光地になっています。
 春夏秋冬、四季の趣があり、春は桜が咲き誇り「日本さくら名所100選」に選ばれています。冬にはこの地方独特の雪吊りが庭園内樹木の施されて趣を加えます。
 
 園内にある噴水は日本最古のものと言われています。小立野台地先端に位置する兼六園は噴水にその高低差を利用しています。園内の高い位置にある霞が池を水源としてそこから石管で水を引き、高低差だけを利用して水を噴き上げる仕組みです。

 殿様の庭園として非公開でしたが1871年(明治3年)から一般に公開されるようになりました。今では兼六園観光案内組合が結成されて、積極的に観光利用がされています。

・名称の由来
 「兼六園」の名称由来は、宋代の詩人・李格非が『洛陽名園記』の中で、中国洛陽の名園「湖園」を謳った「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園」倣い、文政5年に松平定信によって命名されました。
「洛陽名園記」「湖園」の有名な1節
洛人云、園圃之勝、不能相兼者六
務宏大者少幽邃、人力勝者少蒼古、多水泉者艱眺望
兼此六者、惟湖園而已
洛人の云う、園圃の勝、相い兼ねるあたわざるは六。
宏大を務むるは幽邃少なし、人力勝れるは蒼古少なし、水泉多きは眺望艱し。
この六を兼ねるは、ただ湖園のみ。



時雨亭
冬の兼六園